ヴァルナの歴史

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ヴァルナの歴史について、ところどころ触れてきた部分もありますが、ここでは少し詳しくヴァルナの歴史についてご紹介します。

ヴァルナの歴史は古く、紀元前4600年頃にまでさかのぼります。

れは日本では縄文時代の前期に当たります。
世界的に見ればメソポタミア文明や黄河文明が開かれるよりも前、
古代エジプトでは新石器時代~エジプト原始王朝時代と呼ばれる頃で、まだ国家が統一されるよりも前の時代です。(鉄器の生産が始まるのが紀元前3800年頃)

当時、現在の中東から南東ヨーロッパでは金石併用時代と呼ばれ、石と併行して早期金属器の使用が見られ始めたころでした。
人類の文明の黎明期と言えるこの頃、ヴァルナには200基以上にも及ぶ墳墓群が築かれました。
これはヴァルナ墓地と呼ばれており、ヴァルナが初めて歴史上で語られる事柄です。

紀元前580年頃になると、古代ギリシアがヴァルナ近郊に入植し、交易植民市オデッソスを築きました。
ローマ帝国時代には、ローマ人により要塞や公衆浴場などが建設されました。
この公衆浴場は以前の紹介の通り、現在も遺跡としてヴァルナ市街に残っており、目にすることができます。(これは5世紀の大地震によって崩壊したと言われています。)

古代ギリシア、ローマ帝国に続き、ヴァルナは東ローマ帝国(ビザンツ帝国)の支配下となり、その後1393年にはオスマン帝国の支配に下ります。

ブルガリアが幾度か建国、滅亡を繰り返す中で、ヴァルナは古代ギリシアからローマ帝国、東ローマ帝国(ビザンツ帝国)、オスマン帝国など様々な国家の支配下となり、歴史の上で、何度も廃墟のようになったと言います。
また様々な民族がヴァルナの地に街を造り、宗教も様々に変遷してきました。

1878年の露土戦争(ロシアとオスマン帝国の戦争)にオスマン帝国が敗北したことにより、ブルガリアは大ブルガリア公国という自治公国となります。

その後1909年にブルガリアは独立を果たしますが、これに伴いヴァルナはブルガリアの産業と商業の中心都市として栄えてきました。

近年、ブルガリア第三の都市として発展の目覚ましいヴァルナですが、その歴史はとても複雑です。
それは、街並みや文化にも色濃く反映されていますので、ヴァルナを訪れる際には、そういった歴史にも思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

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大聖堂

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ヴァルナの観光のみどころのひとつに、ヴァルナの中心市街にある大聖堂が挙げられます。

ヴァルナ市街の中心地にそびえる大聖堂

ヴァルナはブルガリアで最大の観光地ですが、ビーチなどの開放的なリゾートとは対照的に市街の中心部には遺跡や大聖堂(カテドラル)があります。
この大聖堂は生神女就寝大聖堂(しょうしんじょしゅうしんだいせいどう)と呼ばれています。
生神女とは正教会にいて聖母マリアを指す称号です。
金色のドームのような屋根が特徴的な教会です。
1886年の8月30日に初めての奉神礼が執り行われていますが、大聖堂完成後も度々装飾が加えられ、改修も行われるなどして美しい姿を今でも保っています。
鐘楼は38メートルの高さがありますが、これも完成後、しばらく経過した1941年から1943年の間に建設されたものだそうです。

この大聖堂は1886年に建築されて以来、長くヴァルナのシンボルとして親しまれてきました。
観光拠点でもありますし、ヴァルナの住民たちの生活に欠かせない協会として結婚式やミサなども行われます。

大聖堂内での結婚式

色鮮やかなステンドグラスや美しい壁画、荘厳なシャンデリアなどが観光客の目を楽しませてくれます。

大聖堂の内部の様子。シャンデリアや美しい壁画などでとても美しく豪華な内装。

観光客にも評判の大聖堂の天井画。
この大聖堂がヴァルナのシンボルであるのも頷ける美しさです。

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ヴァルナの浴場跡

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ヴァルナの公衆浴場は紀元前2世紀~3世紀頃に築かれたものと言われています。
先のエントリーでも少し触れましたが、当時の公衆浴場は市民にとって重要な社会生活の場であり、一種の社交場のようなものでした。

ヴァルナの公衆浴場には娯楽室なども備えられており、赤レンガ造りの立派な建築物で、その広さは7000㎡もあったと言います。これはこのあたり一帯では最大規模の大きさであったと言われています。
残念ながら、保存状態は決して良いものではなく、この公衆浴場跡はヴァルナの街の中心部分にあり、周囲は住宅街となっていますので、周囲の景色と遺跡とのギャップはかなりあります。
遺跡は廃墟というよりも、崩壊していますが、これは5世紀に大地震があり、それによって崩壊したと言われています。

ヴァルナの浴場跡。
かなり崩壊が進んではいますが、これが遺跡らしいと言えば遺跡らしいですね。

観光客用に遺跡を説明する看板があります。浴場の遺跡の向こう側には、ヴァルナ市街が広がります。現代と古代が融合しています。

またこのような歴史を語るものとして人気の観光スポットには民俗博物館もあります。
民族博物館には、日本でも昔に見られたような木製の農具やヴァルナの伝統工芸、民族衣装などの展示もあります。

博物館自体も19世紀の地元商人の家を用いており、まさにヴァルナの昔の暮らしを知ることができる博物館と成っています。

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