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varuna ヴァルナ
ヴァルナの洗練された5つ星ホテル
ブルガリアに位置するヴァルナについて、これまでお勧めの場所や歴史をお伝えしてきました。
観光にいくには滞在場所も大切です。
ヴァルナはブルガリアおよび黒海沿岸地域における経済活動の重要地点であり、
ヴァルナ港やヴァルナ国際空港などの巨大輸送拠点があり、ビジネス、観光において重要な都市です。
そのため、滞在するホテルも多数あります。
その中でも今回はヴァルナにある3つの5つ星ホテルをご紹介しようと思います。
Melia Grand Hermitage
メリアホテルグランドエルミタージュはヴァルナの特性、黒海に面しゴールデンサンドビーチがあります。
閑静な環境、ビーチへ続く道は緑豊かなテラスがあるのも素敵です。
施設・設備は5つ星ということもあり充実。部屋数も多く697室に加え、スイートルームは30部屋という大型なホテルです。
なによりメリアホテルエルミタージュはビーチが目の前のため宿泊客には大変人気です。
Grand Hotel Dimyat
ヴァルナの中心部に位置するDimyatグランドホテルは、ビジネス滞在やレジャーに最適です。
シングルルーム4室、69室のダブルルーム、ヴァルナ湾の素晴らしい眺めが望める11階には
11室のスイートルームがあります。
Dimyatグランドホテルはスパプランを提供しているほどスパが充実しているのが特徴。
充実したサービスの中で疲れを癒してくれます。
Musala Palace Hotel
ヴァルナの数あるホテルの中でも歴史あるMusala Palace ホテル。
豊かな歴史が、世界中のビジネスや観光客を自信をもって迎えてくれます。
100年の歴史をもつブティックホテルですが、広範囲に改装され最も古典的なホテルの伝統を蘇らせた、と言われています。
ベッドルームはスタンダードルーム•デラックスルーム•スタジオ•ジュニアスイートの4種類。
豪華な内装、インテリアが施された客室には防音が施され睡眠を確保できるでしょう。
また全室に備えた豪華な専用バスルーム施設も人気です。
旅の疲れを癒す滞在先。
ヴァルナは観光地ということもあり他の国より5つ星ホテルの施設、設備は充実していると思います。
ヴァルナを歩く
ブルガリアで3番目に大きな都市ヴァルナ。ブルガリアの中でも最も美しい都市です。
ヴァルナは、港町としてコンスタンチノープルからの貿易で栄え、様々な文化が交流する都市となりました。
生神女就寝大聖堂やヴァルナ考古学博物館、ヴァルナ水族館など
考古学的な遺跡や博物館、教会だけでなく、町から数キロ離れた場所にあるビーチも、ブルガリア有数の素敵な場所です。
この町は歩くことで様々な発見ができます。
スヴェタ・ネデリア広場から、市立公園を抜けて港へ行くコースがおすすめです。
生神女就寝大聖堂では見事なステンドグラスなどを見ることができます。
ヴァルナの海岸まで行くと、海沿いに美しい宮殿風庭園があります。
庭園の中には動物園や水族館国立歴史博物館やプラネタリウムなどがあり、
大人から子どもまで楽しめる場となっています。。
またここは、様々なパフォーマンスが見れたり、ミュージシャンたちの音楽が聴けます。
地元の人たちにも人気で、歌を歌いながらビールを飲んでいる人たちも多く見かけます。
ヴァルナのレストランは種類が豊富で、魚料理などトルコの影響を強く受けた料理が特に人気かと思います。
日本ではあまり知られていないヴァルナですが、交通の便なども不便ではないので
存分に素敵な町並みを満喫できることと思います。
ヴァルナの歴史
ヴァルナの歴史について、ところどころ触れてきた部分もありますが、ここでは少し詳しくヴァルナの歴史についてご紹介します。
ヴァルナの歴史は古く、紀元前4600年頃にまでさかのぼります。
こ
れは日本では縄文時代の前期に当たります。
世界的に見ればメソポタミア文明や黄河文明が開かれるよりも前、
古代エジプトでは新石器時代~エジプト原始王朝時代と呼ばれる頃で、まだ国家が統一されるよりも前の時代です。(鉄器の生産が始まるのが紀元前3800年頃)
当時、現在の中東から南東ヨーロッパでは金石併用時代と呼ばれ、石と併行して早期金属器の使用が見られ始めたころでした。
人類の文明の黎明期と言えるこの頃、ヴァルナには200基以上にも及ぶ墳墓群が築かれました。
これはヴァルナ墓地と呼ばれており、ヴァルナが初めて歴史上で語られる事柄です。
紀元前580年頃になると、古代ギリシアがヴァルナ近郊に入植し、交易植民市オデッソスを築きました。
ローマ帝国時代には、ローマ人により要塞や公衆浴場などが建設されました。
この公衆浴場は以前の紹介の通り、現在も遺跡としてヴァルナ市街に残っており、目にすることができます。(これは5世紀の大地震によって崩壊したと言われています。)
古代ギリシア、ローマ帝国に続き、ヴァルナは東ローマ帝国(ビザンツ帝国)の支配下となり、その後1393年にはオスマン帝国の支配に下ります。
ブルガリアが幾度か建国、滅亡を繰り返す中で、ヴァルナは古代ギリシアからローマ帝国、東ローマ帝国(ビザンツ帝国)、オスマン帝国など様々な国家の支配下となり、歴史の上で、何度も廃墟のようになったと言います。
また様々な民族がヴァルナの地に街を造り、宗教も様々に変遷してきました。
1878年の露土戦争(ロシアとオスマン帝国の戦争)にオスマン帝国が敗北したことにより、ブルガリアは大ブルガリア公国という自治公国となります。
その後1909年にブルガリアは独立を果たしますが、これに伴いヴァルナはブルガリアの産業と商業の中心都市として栄えてきました。
近年、ブルガリア第三の都市として発展の目覚ましいヴァルナですが、その歴史はとても複雑です。
それは、街並みや文化にも色濃く反映されていますので、ヴァルナを訪れる際には、そういった歴史にも思いを馳せてみてはいかがでしょうか。